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変わり行く仙台の町並みに関しての説明を懐かしく、楽しませていただいております。ちょっと気になる箇所が有りましたのでメール致します。10ページ「河原町から荒町へ〜」の荒町に関する記述「・・・昔ながらの商いを続ける商店や、蔵、そしてゆかりの古い毘沙門堂をはじめとした、満福寺、皎林寺、常念寺、昌伝庵などの古刹もまた存在する荒町は、東北の中枢都市としての仙台と、城下町として繁栄した古くからの仙台とが、同居する町となっております。相変わらず交通量の多い道路の様子を見ながら、新旧住民との関係とか、今後もこの町が古くからの伝統を生かした町として存続していくかどうかとか、そんな思いをめぐらせもいたしました。」について、違和感を感じました。私は、昭和21年に荒町で出生し昭和45年頃まで住んでおりました。その頃までは、荒町の商店街は米屋・魚屋・肉屋・八百屋・和菓子屋・駄菓子屋・紙屋・硯筆屋・金物屋・ペンキ屋・電気屋・ガラス屋・呉服屋・洋服店・床屋・畳屋・文房具店や町名の由来と云われる味噌・醤油の製造所などが有りましたが、最近の荒町はこれらの店が殆ど姿を消し、喫茶店やマンションなどが立ち並び、商店街としての姿が無くなりました。先日も所要がありタクシーで荒町まで行きましたが、運転手さんが言っていました「昔、荒町は宮町などと並ぶ賑やかな商店街だったのになあ」。2009.07.27
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