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3月11日

 投稿者:YSK  投稿日:2017年 3月11日(土)23時44分57秒
返信・引用
  東日本大震災から6年。大きな影響を受けた地域も、少しずつ復興して、前へ向かっている。
でも、いまだに多くの人々が、最愛の地域の姿を見つめることができないでいる。
そういた思いの一つひとつを、しっかりとかみしめながら、一歩一歩進んでいこう。

そう心に刻みなおした一日でした。

写真:2013年3月11日、青葉城址から見た仙台市街
 
 

十日町雪まつり

 投稿者:YSK  投稿日:2017年 2月18日(土)23時20分44秒
返信・引用
  本日は、新潟県の十日町雪まつりに出かけてきました。日中は晴れ間も見えていたものの、夜からは雪が強くなっていました。列車を乗り次いで、やっと地元にたどりついたところです。まつりは多くの雪像があって、雪深い地域の特徴を実感できました。

 

立春の横浜

 投稿者:YSK  投稿日:2017年 2月 4日(土)14時24分16秒
返信・引用 編集済
  本日は、朝から横浜でフィールドワークを行っています。横浜三塔と呼ばれる、神奈川県庁(キング)、横浜税関(クイーン)、開港記念館(ジャック)の建物をめぐりました。立春の今日はとても穏やかな陽気で、寒かった先週とは違う、快い散策ができました。

立春の 港や空に咲く尖塔
 

蔵王の樹氷

 投稿者:YSK  投稿日:2016年12月24日(土)20時26分9秒
返信・引用 編集済
  昨日から行っている東北フィールドワークですが、2日目は山形へやってきました。写真は蔵王の樹氷です。まだ大きく成長しておらず、麓の山形市街地もまったく積雪はありませんでした。しかしながら、スノーモンスターとも呼ばれる樹氷がどのようなもので、またどのような環境下でできあがるのかを体感できました。

凍る木々眼下に出羽の盆地在る


 

今年最初で最後の仙台

 投稿者:YSK  投稿日:2016年12月23日(金)20時34分27秒
返信・引用
  今年最初で最後のフィールドワークを仙台で行っています。
荒天のため予定していた行程を一部こなすことができませんでしたが、仙台市やお隣の
富谷市でフィールドワークを行って、現在仙台で投宿中です。

明日は今日の分をリカバリしつつ、多くのエリアを回れたらと思います。
 

広島・平和大通り編

 投稿者:YSK  投稿日:2016年 9月 8日(木)22時09分35秒
返信・引用
  ずっと作品化しようと思いながらも、なかなか実行できずにいた、広島平和大通り。
まずは、写真を精査しながら、イメージを膨らませることから始めました。比治山から通
りへ入るあたり、鶴見橋近郊の美しい風景や、歴史に秘められたエピソードを踏まえつつ、
江戸初期の海岸線跡が残るエリアを題材に含めました。

広島については、2014年年末に訪問した記録を今後文章に起こす予定です。

HIROSHIMA REVIEW「平和大通り編」
http://www.chiikibun.com/hiroshima/14-heiwa/heiwa.htm
 

奄美フィールドワーク

 投稿者:YSK  投稿日:2016年 9月 2日(金)00時13分33秒
返信・引用 編集済
  屋久島を訪れた翌年、奄美群島の中心である奄美大島を訪れました。
迷った末に、屋久島、奄美と訪問することとしたのですが、離島の魅力あふれる
ダイナミックな風景に癒される旅程となりました。
来襲した台風の進路に気をもみながらの訪問でしたが、天候もよくて、4日に及
ぶフィールドワークは最高の瞬間の連続となりました。

写真:奄美市住用町のマングローブ
 

加計呂麻の海

 投稿者:YSK  投稿日:2016年 8月27日(土)14時48分4秒
返信・引用
  本日は朝から奄美大島の南西にある加計呂麻島に来ていました。ほぼよい天候で、海は明るいマリンブルーにきらめいていました。これからフェリーで島を離れます。

加計呂麻の初秋海山耀ける
 

大島海峡の夕日

 投稿者:YSK  投稿日:2016年 8月26日(金)21時57分37秒
返信・引用
  先ほどの投稿に写真が漏れていました。

奄美十景にも謳われる絶景です。
 

奄美大島フィールドワーク実施中

 投稿者:YSK  投稿日:2016年 8月26日(金)21時55分37秒
返信・引用
  こんばんは。昨日より奄美大島に入り、フィールドワークを行っています。昨年は屋久島
へ参りましたが、その南の奄美は、この上ない絶景に巡り合える「島」でした。

写真は本日撮影した、大島海峡の夕日です。奄美大島の南には加計呂麻島という島があり、
両島の間は大島海峡と呼ばれる、リアス式海岸の美しい穏やかな海が広がります。

明日はこの加計呂麻島へ向かう予定です。

残暑の日加計呂麻夕日落ちる海
 

2012年のフィールドワーク作品化終了

 投稿者:YSK  投稿日:2016年 8月19日(金)22時05分24秒
返信・引用
  本日、12月23日に実施した仙台・名取でのフィールドワーク作品化により、2012年に地域を
歩いた記録のアップが終わりました。2011年からこの年にかけては、東日本大震災の発生に
より、その被災地となった仙台の沿岸地域の訪問記録も含まれています。葛藤はありました
が、記録を残す意味で、最小限の表現にとどめつつ、ホームページに写真や文章を掲載して
います。心よりの哀悼と、地域の更なる復興をお祈りしたいと思います。

2013年以降は全国あちこちに出かけており、それらのホームページへの作品起こしは相当な
仕事量となると思われますが、少しずつ地道に進めてまいりたいと思っています。
 

2012年のフィールドワーク作品化開始

 投稿者:YSK  投稿日:2016年 6月 9日(木)23時01分42秒
返信・引用
  本日、2012年3月25日に実施した南房総フィールドワークの結果を更新しました。ぜひ
ご覧ください。

関東の諸都市・地域を歩く
#75南房総・白間津の風景 ~花畑に彩られる海岸の集落~
http://www.chiikibun.com/kanto/75-shiramazu/shiramazu.htm

2012年1月の福井フィールドワーク結果「越前、雪中花紀行」を皮切りに、2012年分の
作品化を始めています。今後もすみやかに結果を出せるよう努力をしてまいりたいと
思っています。

越前、雪中花紀行
http://www.chiikibun.com/echizen/echizen.html
 

尾瀬沼

 投稿者:YSK  投稿日:2016年 5月23日(月)07時54分58秒
返信・引用
  こちらは、昨日の尾瀬沼の様子です。こちらも例年より早く季節が進んでいて、雪は
まったく残っていませんでした。

初夏のにじむような空の色を映した湖面が印象的でした。

碧空をほしいままにし尾瀬の夏
 

尾瀬散策

 投稿者:YSK  投稿日:2016年 5月22日(日)09時07分23秒
返信・引用
  本日は尾瀬にやってきました。雲ひとつない青空の下、快い散策ができています。例年よりかなり季節の進行が早く、水芭蕉は盛りを過ぎていました。これから尾瀬沼の方へ行ってみたいと思います。





 

テーマは新緑

 投稿者:YSK  投稿日:2016年 5月 9日(月)21時32分29秒
返信・引用
  5月1日の埼玉でのフィールドワークに続き、5日は三浦・逗子方面、7~8日は再び関西遠征し
京都方面のフィールドワークを行いました。テーマは「新緑」です。紅葉の名所はすなわち
新緑の名所、ということで、紅葉の時期は殺人的な人出となる京都も比較的人は少なくて、
随所に美しい新緑を眺めることができました。また、初夏の湘南もまばゆいほどの瑞々しさ
で、海や山が新鮮な輝きを見せていました。

上の写真 小網代の森(三浦市):静かな小網代湾に面した小規模な流域を構成する森です。
               約70ヘクタールの中に森、干潟、海までが連続的に存在する
               希少な自然景観として知られています。
下の写真 嵐山と渡月橋
 

武蔵野フィールドワーク

 投稿者:YSK  投稿日:2016年 5月 1日(日)23時17分44秒
返信・引用 編集済
  本日は、ここ数年注目して訪問を続けている武蔵野フィールドワークを行いました。
汗ばむ陽気でしたが、川に近い場所や森の木陰では涼しい風も吹いていて、快いウォーキング
ができたと思います。
写真は入間市内で撮影した茶畑の様子です。本日は童謡「茶摘み」で知られる「八十八夜」に
あたります。さみどり色に輝く茶の新芽がとても目に鮮やかでした。
 

2014年熊本

 投稿者:YSK  投稿日:2016年 4月20日(水)22時53分25秒
返信・引用 編集済
  このたびの地震においては、心よりお見舞いを申し上げます。熊本や大分の皆様が、一日も早い
平穏な日々をお迎えすることができますよう、心よりお祈りいたします。

写真は2014年9月6日に撮影した熊本市と天草の崎津天主堂のものです。このような美しい景観に
抱かれた地域が復興することを本当に祈念したいと思います。
 

桜フィールドワーク3

 投稿者:YSK  投稿日:2016年 4月10日(日)13時33分50秒
返信・引用
  本日は、三重県内で桜フィールドワークです。写真は津市美杉町の三多気の桜です。棚田とのコントラストが美しいですね。何気ない風景が美しいのは日本ならではと思います。
 

桜フィールドワーク2

 投稿者:YSK  投稿日:2016年 4月10日(日)00時17分16秒
返信・引用
  こんばんは。本日(9日)は、関西に遠征し、姫路城の桜フィールドワークを実施しました。
春爛漫の穏やかな陽気の下、白亜の白鷺城を包み込むような桜がたいへん美しい色彩を呈して
いました。

桜散る空は滲みて白鷺城
 

桜フィールドワーク

 投稿者:YSK  投稿日:2016年 4月 4日(月)12時32分4秒
返信・引用 編集済
  こんにちは。本日は2016年最初の桜フィールドワークを実施しています。朝方は雨風が強かったですが、昼前から晴れてきました。写真は横浜市鶴見区にある三ツ池公園の様子です。桜が見頃を迎えていて、快い散策を楽しむことができました。

山あいの桜は淡き
空の色
 

震災から5年

 投稿者:YSK  投稿日:2016年 3月11日(金)20時00分54秒
返信・引用 編集済
  3月11日、震災から5年を迎えたこの日、各地で追悼行事が行われました。
心よりご冥福をお祈りするとともに、地域の一刻も早い復興を願わずにはいられません。

これからも地域を見つめながら、未来へと着実に歩を進める姿を見つめていきたいと
思います。

※写真は、2012年10月7日、宮城野区蒲生地区でみつけたコスモスの花です。可憐な花が
やさしい色彩を見せていたことに、明日を見つめ歩みを進める地域の姿が重なりました。
 

ギャラリー更新

 投稿者:YSK  投稿日:2016年 2月21日(日)23時14分2秒
返信・引用
  本日は南房総に行ってきました。フィールドワーク外ということで、
写真だけギャラリーにアップしています。

http://www.chiikibun.com/gallery/gallery.html

 

今年2度目のフィールドワーク

 投稿者:YSK  投稿日:2016年 2月12日(金)00時14分41秒
返信・引用 編集済
  風もなく気持ちの良い天気に恵まれた11日、本年2回目のフィールドワークを実施しました。
前回ほのめかしましたとおり、TXつくば駅周辺を巡った後、流山に移動して、中心市街地あ
たりを歩きました。みりん醸造で栄えた町場の歴史を存分に感じることができました。

街を歩いていて目にした草花をギャラリーに掲載しましたのでご覧ください。

http://www.chiikibun.com/gallery/gallery.html

 

タイトルロゴ更新

 投稿者:YSK  投稿日:2016年 2月 6日(土)00時51分24秒
返信・引用
  立春を過ぎ、暦の上では春となりました。恒例のタイトルロゴの更新を行いました。
題材は、地元・太田市の八瀬川の桜です。昨年3月に撮影しました。
前年から、タイトルロゴはその前の年の同じ季節の写真から選んで作成するように
しています。その時の気分にマッチしない場合は過去のデータから持ってくる場合
もあるかもしれませんが・・・。
 

本年もよろしくお願いいたします

 投稿者:竹林の七愚  投稿日:2016年 2月 5日(金)00時32分20秒
返信・引用
  > フィールドワークの記録につきましては、YSK's EYEの中にまとめてあります

YSK's EYE内にあるというのは見逃していました。
というのも、“Japan Regional Explorer”のトップページでは、
“YSK's EYE”のメニューの箇所に『最終更新日2007年12月1日』と表示されており、
最近の情報が収められているとは思わなかったのです。


今回は、最近アップされた地域文において、キータッチがいたずらしたのでしょうか、
誤記・脱字となってしまったもののみ掲げておきます。
いずれも即座に修正されることと存じます。

東京優景 ~TOKYO “YUKEI”~

#43 国立を歩く ~都市と田園が隣り合う湧水の町~
最後の段落の第1行から第2行にかけて、『国立駅駅』と駅の字が重複しています。

#44 東京リレーウォーク(28) ~目黒川沿いから駒場、渋谷へ~
最後の写真のキャプションに『渋谷区道玄坂二三丁目、2011.11.3撮影』と
ありますが、道玄坂には三丁目はありません。
この写真は道玄坂二丁目から宇田川町方向を撮影したものだろうと思います。

#45 東京リレーウォーク(29) ~渋谷から新宿へ、失われた川筋を追って~
最後から二つ目の段落ですが、
第1行に『キャットリート』とあるのは『キャットストリート』ですね。
 
    (YSK) メッセージありがとうございます。YSK'sEYEについては、その中の「私にとっての地域」の
更新日を掲載していますので、そのようになっています。と思っていましたが、日付が食い違
っているようですね。あまり細かいことを気にしない性質なので、そのうち適当にルールを
決めて修正しておきます。その他誤字等ご指摘ありがとうございました。次回更新時に直して
おきます。このような私ですので、他のページにもたくさん誤字があると思いますので、ぜひ
ご指摘ください。
 

J.R.E.Gallery更新

 投稿者:YSK  投稿日:2016年 1月31日(日)23時32分42秒
返信・引用
  先ほどご紹介したつくば市の風景をギャラリーに公開しました。ぜひご覧ください。
今回はつくば道付近の散策となりましたので、近いうちに学園都市方面をメインにした
フィールドワークも行いたいなと思っています。
 

2016年初フィールドワーク

 投稿者:YSK  投稿日:2016年 1月31日(日)22時46分27秒
返信・引用
  本年最初のフィールドワークをつくば市で行いました。実は、2015年も同じ時期に
つくば市に来ていまして、筑波山の上から夜景を観に行っていました。日本の道100
選の1つでもある「つくば道」を同市北条から筑波山神社まで往復する約10キロメー
トルほどを進みました(筑波山からの帰路は廃線跡を利用したサイクリングロードであ
る「つくばりんりんロード」を進んでいます)。今日は風もなく穏やかな日和で、筑波
山もたおやかな山容を見せていてとても気持ちの良い散策を行うことができました。
ただ1つ残念だったのが、途中の急な坂道で休んでいたところ、十分邪魔にならない場
所と判断していましたが、敷地に入ろうとする住民に「どいてくれ」と一喝され邪険に
扱われてしまったことでした。原則ドライバーは歩行者優先であらなければならない筈
で(そういう人には車の運転の資格はないと思います)、あまりのマナーの悪さにがっ
かりしてしまいました。
とはいえ、その方からすれば日常生活の場所でもあるわけで、そこに関係のない観光客
(私は観光のつもりではありませんでしたが地元の人からすれば同じことでしょう)が
土足で踏み入るように感じてしまうのは致し方のない面もあると思います。昔は筑波山
への信仰の道であったかもしれませんが、現代はそんなことは関係のない、日常生活の
舞台であるわけです。そういった認識を持って、地域を見つめることも必要ではないか
とも感じた一件でした。
 

Re: 2015年の振り返り

 投稿者:竹林の七愚  投稿日:2016年 1月24日(日)04時47分26秒
返信・引用
  > まもなく2005年も終わろうとしています。
ほどなく修正されると存じますが、2005年ではなく2015年ですね。

昨年は、金沢や男鹿半島、山形、山陰などを訪問されたとのことです。
今年も、“可能な限り日本の諸地域を見つめる彷徨ができれば”とのことですが、
“Japan Regional Explorer”のトップページに、
“現在執筆中!”
“2011年フィールドワーク実施分作業開始!”
とあるのを拝見しました。

ということは、今年の“彷徨”が地域文として結実するのはまだまだ先のこと、
端的に言えば、オリ・パラのあとぐらいでしょうか。
まぁ、そういうことができるというのも。
最近アップされた地域文の筆致を読ませていただいても
そこではフィールドワークの際の感覚を新鮮に蘇らせておられ、
私などはとうてい及ぶべくもありません。



数年前までは、この“地域の旅人”にも常連の訪問者がおられ、
その賑わいを味わうべく、ときたま閲覧のみしていました。
私が突如として無為な投稿を始めたのは、
たとえ、YSKさんの造詣とは外れた内容の投稿文であっても
せっせと独りであろうと訪問を続けていれば、
以前のような賑わいが戻る呼び水になるかと勝手に独り合点したからでした。
2015.9.18の「思うこと」だけに留めておればよかったかなどと思います。

例のクイズページと化してしまったBBSでは、
またしても功労者が排除されようとしています。
歴史は繰り返す、ですね。
 
    (YSK) メッセージありがとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
地域文の更新につきましては、こちらの空いた時間で無理のない範囲で
行っていく予定です。フィールドワークの記録につきましては、YSK's
EYEの中にまとめてありますので、そちらをご覧いただければと思います。
こちらも趣味の範囲で細々と行っておりますので、今後ともお時間のある
時に、お気づきの範囲でかまいませんので、メッセージをいただけますと
幸いです。
 

2015年の振り返り

 投稿者:YSK  投稿日:2015年12月31日(木)21時48分4秒
返信・引用 編集済
  まもなく2015年も終わろうとしています。今年は、2014年に通過しただけで十分に訪れる
ことができなかった地域を中心に落穂拾いのようなフィールドワークを行うことを主題と
した活動を行いました。金沢や男鹿半島、山形、山陰などを訪れて、地域を感じることが
できました。また、屋久島やの自然にも触れることができ、47都道府県を見つめた2014年
とはまた違った地域めぐりができた1年であったと思います。

2016年も、いくつかのテーマを念頭に置きながら、可能な限り日本の諸地域を見つめる彷
徨ができればと思っています。では、よいお年を。
 

仙台フィールドワーク2015・冬

 投稿者:YSK  投稿日:2015年12月20日(日)19時35分39秒
返信・引用
  今年もこの時期に仙台に来ることができました。ただいま定禅寺通の光のぺージェントの下です。仙台では、新しい地下鉄が開業したばかりで、大きく変化した交通網を見てみたいと思います。
 

2011.3.11

 投稿者:YSK  投稿日:2015年10月 2日(金)22時32分15秒
返信・引用
  こんばんは、めっきり秋めいてまいりまして、キンモクセイの香りが芳しい季節となって
おります。
ご案内のとおり、今般の世田谷・目黒フィールドワークの地域文化がひと段落しまして、
次回の更新からは2011年3月11日以降における活動の作品化となります。次回更新予定の
地域には、白河市など地震の被害が少なくなかった地域も含まれます。震災直後とはいえ、
力強く春の芽吹きを迎えた地域の姿なども交えながら、地域の素晴らしさをお伝えできる
よう、努めていくつもりでおります。
 

2015.9.29にアップされた東京優景#42 東京リレーウォーク(27)を拝見して

 投稿者:竹林の七愚  投稿日:2015年10月 1日(木)04時57分23秒
返信・引用
  行人坂と権之助坂については、かなり以前、タモリ倶楽部で取り上げられていた記憶があります。
タモリ倶楽部でも取り上げられたくらいですから、『この特徴的な坂の名前の由来については、区のホームページ内など多くの情報ソースが存在します』とおっしゃる通り、多くの情報ソースが存在するのもむべなるかなと思います。
簡明な記述を心がけておられる地域文においては、説明をそれらに譲るという姿勢を見せられたのも自然な流れと存じます。
 
    (YSK) メッセージありがとうございます。タモリ倶楽部のことは詳しく存じませんが、
最後の坂の部分は、そっくりそのまま説明カットでもよかったところを、
竹林の七愚さんに喜んでいただけるよう、参照情報を簡潔に挿入すること
を心がけました。今後は文章の良しあしだけでなく、紹介した地域や文章か
らそうした地域の様子が伝わってくるか、そういった視点からのアドバイスも
いただけるとなおうれしいですね。
 

ハンドルネームのことなど

 投稿者:竹林の七愚  投稿日:2015年 9月28日(月)02時39分39秒
返信・引用
  このところ、突如として頻繁に訪問するようになり御迷惑をおかけしているかと存じます。
私自身、比較的よく訪問していたBBSが相次いで店じまいしたり、事実上の開店休業状態に
なったりで、自分の作文を発する場がなくなってしまったために、いろいろと考慮したあげく
10年ほど前に訪問したことのある、この地域の旅人に行きつきました。誠に恐縮です。

再訪問するにあたって、10年ほど前の訪問時にどんなハンドルネームを使っていたのか
アーカイブサイトで調査してみようと思いましたが、どんぴしゃり私の書き込み時に
的中することはありませんでした。

竹林の七愚というハンドルネームを名乗っていますが、これはもちろんお察しのとおり、
魏呉蜀の時代の竹林の七賢をもじったものです。
ただし、こういうハンドルネームだと、7人のグループが入れ替わり立ち替わり、
同一ハンドルネームを使って書き込んでいるかのごとき誤解が生じかねないので、
「自分の投稿の編集・削除」のリンクボタンを使用することにより、ハンドルネームを
訂正してみようかとも思いましたが、
ハンドルネームを変更するなら、去年、旧入間郡福岡村に関して書き込んだときのものも
同時に変更しようと思ったところ、それは、XPのサポート終了のためのパソコン買替え
以前の書き込みだったため、今や去年の書き込みを訂正することはできず、
このまま竹林の七愚というネームを使用するしかあるまいとの結論にいたりました。

こんなふうに唐突に訪問するようになりましたが、実名を明らかにしていなくても
自分なりに責任をもって書いているつもりです。
以前、某旅行サイト内のBBSに関連して、匿名の書き込みであっても著作権があるとの
判決がありました。
ただしかし、著作者は著作権を有すると同時に、自身の著作物をBBS上に公表するという
点において義務というか責任という面もあるのでしょう。
 
    (YSK) こんばんは、メッセージありがとうございます。
かなり以前からお世話になっているようですね。私も他の掲示板にて自身の文章を
掲載したところ、独自に発表の場を設けたいという気持ちになりまして、このホーム
ページを立ち上げた経緯があります。更新が遅く、いまだに2011年当時の訪問状況
を更新しているありさまですが、今後ともよろしくお願いいたします。
 

自由が丘

 投稿者:竹林の七愚  投稿日:2015年 9月27日(日)02時09分0秒
返信・引用
  2015.9.25にアップされた 東京優景#41 東京リレーウォーク(26) を拝見しました。

『移住していた文化人の働きかけなどがあって自由が丘という地名となった』とありますが、
自由が丘という名称がなぜこの地(旧称・谷畑)の地名になったのかが直ちには分かりません。
自由ヶ丘学園の存在を抜きにして説明するのは一足飛びのように思いました。

地域文の文章展開を簡素なものにしたいという方針はもちろん重々承知していますが、
ここはやはり自由ヶ丘学園にも触れたほうが一段と分かり易いと思います。

ただYSKさんが自由ヶ丘学園への言及を避けたのは、自由ヶ丘学園に言及すると、
それだけにとどまらず自由ヶ丘と自由が丘との相違にも言及しなければならず、
そうなると文章が相当程度に冗長なものになってしまい、それは地域文としては
好ましくないと判断されたのではないかなと推察しました。

今回のレスでの書き込みは、地域文の筆者でもない通りすがりの訪問者が
地域文・余話とでも言いますか、地域文・夜話とでも言いますか、
そのような文章を勝手に書き込んでいるとの位置づけで、見過ごして
いただければ幸いですが、

文化人が働きかけて自由が丘という地名が選定された、
というよりは、
文化人が働きかけて自由ヶ丘という駅名が選定され、
その駅名にちなんで地名が選定された、という順番だろうと思います。
自由ヶ丘学園のサイトで紹介されている「目黒区史」に説明されている通りでしょう。

自由ヶ丘という町名が自由が丘という町名に改められたのは、
住居表示に関する法律に基づく住居表示が当地で実施されるにあたり、
同法律の条文中に、「できるだけ読みやすく、かつ、簡明なものにすること」
とあったのにのっとって「ヶ」を「が」に改めたとのことで、
このことは目黒区の公式サイト中、目黒の地名のページにおいて、
自由が丘の項目では説明されていませんが、東が丘の項目で説明されています。

このへんは、やはり、余話・夜話だからこそ書き連ねることができる話であって、
本家本元の地域文で、詳しく、紛れのないように説明するのはむずかしいでしょうね。
 
    (YSK) メッセージありがとうございます。自由が丘については、そんな深いことはなくて、
文章でも「一瞥し」と触れていますとおり、駅前は歩いていませんし、谷畑坂辺りを
通過しただけでほとんど地域を歩いていないため、主題としなかったということです。
中根など他の字について紹介した流れで、概略を付記した程度にご理解ください。
なお、タイトルに「前」とありますとおり、この項には後編を予定しています(文章は
これから書きますが)。この日の活動は最終的にJR目黒駅で終わっていますので、
後半はいわゆる「目黒」の地域へといよいよ入ります。ご期待ください。
 

城址の件など

 投稿者:竹林の七愚  投稿日:2015年 9月27日(日)00時53分16秒
返信・引用
  小諸城址、高崎城址など、「城址」と書くものだとばかり思っていましたが、
このたびの世田谷城阯公園の件で、「城阯」という書き方もあるのだと
知りました。いろいろ検索していると、「城趾」というのも見つけました。

「城址」、そして「城阯」、さらには「城趾」、その意味するところに
違いはないのでしょうが、漢字の由来とかは微妙に異なるのでしょうね。
このあたりは、もしこのBBSに常連と呼べる方がいて、その方が物知りで
あれば即座に詳しく解説していただくことができ、いろいろと幅が広がる
のでしょうけれども。


なお、「候えますと、」はそのままになっていますが、
これはこれで正しいということなのですね。
 
    (YSK) メッセージありがとうございます。用字については、結局どれが正解というものがない場合、
原典が採用する表記に従うのがよいと思います。なお、誤字のことについては、手持ちの
データでは更新済みですので、次回データ更新時には直っているはずです。
 

調子に乗って恐縮です

 投稿者:竹林の七愚  投稿日:2015年 9月25日(金)00時46分0秒
返信・引用
  誤字について『こういったご指摘をいただけますと助かります』とお言葉を頂戴したので、
調子に乗って、今月上旬にアップされた、東京優景#39 東京リレーウォーク(24)にも
手を広げてみました。

世田谷一丁目で撮影された写真の掲載場所の直後の一行になりますが、
『東急世田谷線上町駅付近で軌道を候えますと』の箇所の、「候えます」は「越えます」の
誤入力ではないでしょうか。

文中で2か所、写真のキャプションで1か所、『世田谷城址公園』とあります。
世田谷区の公式サイト内の紹介では、『世田谷城阯公園』との表記が使用されています。
http://www.city.setagaya.lg.jp/shisetsu/1217/1271/d00014476.html

『城址』と『城阯』、『址』と『阯』、意味するところは変わらないでしょう。
小田原城址とか、京王電鉄の駅名、平山城址公園とか、城址のほうが一般的です。
おそらく、YSKさんは世田谷区の公式サイトで『城阯』の表記が使われていることを
先刻ご承知の上で、しかし、YSKさんは他方で『正確性よりは、誤解のない範囲内で、
一般向けにアレンジした表現をする場合があります』との方針をお持ちです。
そのため、あえて『世田谷城址公園』と記したのだろうと考えました。
 
    (YSK) メッセージありがとうございます。
ご指摘いただきました誤字は訂正いたしました。
なお、城阯の「阯」の字ですが、現地で撮影した写真を確認しますと、区教委が設置した
説明板では都指定旧跡の名称としては「世田谷城跡」としており、一方公園名になると、
「世田谷城阯公園」の表記を採っているようでした。この使い分けにしたがって、ページ
での表記も修正しました。
今後とも、よろしくお願いいたします。
 

暖かいお言葉に感謝します

 投稿者:竹林の七愚  投稿日:2015年 9月24日(木)01時23分31秒
返信・引用
  「思うこと」に関しましては、どうも失礼しました。
当事者でもないのに、ついつい当時の歯がゆい思いを甦らせて
書き連ねてしまいました。
他でもないご当人が既に忘却の彼方と整理しておられるのですから、
他人が口出しすることではありません。
どうかご放念ください。

また、地域文の描写についても種々申しましたが、
もちろんYSKさんご自身は、私の書き込みのスタンスについて
間違っているから訂正せよだとか不正確だから是正せよだとか
そんな姿勢で書き込んでいるのではないことをよくご理解いただいて
いると存じます。
YSKさんはこういうお考えでこういう表現を使われたのでしょうねと
いうような、そんな自分なりに思いを巡らす感覚で書き込んでおります。
地域文というジャンルを確立してこられた中でなるべく簡明に表現して
おきたいというお気持ちはもとより承知しているつもりです。
私の書き込みが地域文の味わいを損なうだけのものであったとしたら
誠に申し訳なく思います。地域文を補完するような役割を果たせていた
としたら、それはすこぶる幸いに感じます。

ところで、事前に十分な調査をしなかったがために間違いを書き込んで
しまったようです。
「鷹番は東急バスと都営バスが共同で使用しているバス停の名称」
と書き込みましたが、都営バスは撤退し、今は東急バス単独のようです。
以下のPDFファイルをご参照ください。
http://www.kotsu.metro.tokyo.jp/newsevent/news/pdf/2013/bus_i_20130301_system_08_02.pdf
なお、当該路線の全停留所については以下のPDFファイルをご参照ください。
http://www.kotsu.metro.tokyo.jp/newsevent/news/pdf/2013/bus_i_20130301_system_08.pdf
以前は、碑文谷の総合スーパーに出掛けることがよくあり、その際、
都営バスを見かけたこともあったのですが、ここ数年は転居のために
碑文谷とは疎遠になり、間違いを書いてしまい失礼しました。
 
    (YSK) メッセージありがとうございます。今後とも地域文へのご意見をお待ちしています。  

Re: 2015.9.20にアップされた東京優景#40 東京リレーウォーク(25)を拝見して

 投稿者:YSK  投稿日:2015年 9月23日(水)13時57分21秒
返信・引用 編集済
  > No.2081[元記事へ]

竹林の七愚さんへのお返事です。

拙稿へのメッセージありがとうございます。

> 蛇崩川が暗渠化された蛇崩川緑道について取り上げておられ、写真も掲載されていました。
> 去年の夏、広島市北部で土石流が発生した大災害で、情報番組等においては、被災地の旧地名が蛇落地であったことから、その関連で蛇崩れなど同様の地名がある場所も要注意であることなどが指摘されていました。掲載された世田谷区内の写真では緩やかな川筋のように見受けられますので、ここでは蛇崩れという名を余り気にしなくてもよいのかもしれません。
> なお、その描写の中に、「小規模な樹脂状の低地を形成」とありましたが、この樹脂状はおそらく樹枝状の誤変換と思います。

ご指摘ありがとうございます。誤字は訂正いたしました。仕事後の疲れた中で作業をしています
のでミスも多くなっています。こういったご指摘をいただけますと助かります。

> > 五本木は、かつての村名である上目黒村の字の一つ
> 目黒区公式サイト内の『目黒の地名 五本木(ごほんぎ)』
> http://www.city.meguro.tokyo.jp/gyosei/shokai_rekishi/konnamachi/michi/chimei/chuo/gohongi.html
> によりますと、「江戸時代の村には、組という小行政単位があって、… 明治22年まで続いた目黒六カ村の一つ上目黒村は、上知、宿山、石川、五本木という四つの組から成っていた。」とあります。
> 公式サイトに「組」とあるからといって、YSKさんが記した「字」が間違いというわけではないでしょう。おそらく、字という地域ごとに形成されていた小規模な行政単位が組だったのだろうと思います。
>
> > 現在周辺の住居表示になっている五本木
> 上記の目黒区公式サイト内の『目黒の地名 五本木(ごほんぎ)』によりますと、「住居表示に関する法律による町名変更で、五本木一丁目・二丁目・三丁目となった。」とあります。
> ここから先は用字・用語に著しくこだわった私好みの捉え方になって誠に恐縮でありますが、つまり、町名変更によって五本木という町名になったのであって、五本木という住居表示になったのではありません。
> 「住居表示に関する法律」(昭和37年法律第119号)の趣旨の中心部分は、従前の不動産登記に基づく地番によって住居の場所を表示するのでなく、街区符号(何番という部分)と住居番号(何号という部分)を制定し、それらを自治体内の町・字と組み合わせて表示しようというものです。
> このあたりは、YSKさんに限らず、広く住居表示と呼んでしまう傾向が一般的にあることは私も十分承知しています。

詳細なご解説ありがとうございます。私もご紹介いただいている目黒区のページをもとに、内容を
一般向けに咀嚼して文章を構成しています。ご指摘の内容も十分承知しています。具体的説明をす
るあまり文章が長くなってしまい文章が冗長になり、肝心な地域紹介がその中に埋没してしまうの
は避けたいと考えています。そのため、今後も、法令上の正確性よりは、誤解のない範囲内で、一
般向けにアレンジした表現をする場合がありますので、ご了承をお願いいたします。とはいえ、正
確な表現を優先するか、文章の簡明化を優先するか、この判断は本当に難しくて、毎回頭を悩ませ
ております。


> > 鷹番も同様に字名が由来で、… 学芸大学駅の開設当時の駅名にもなっている碑文谷村の小字
> 「学芸大学駅の開設当時の駅名にもなっている」という形容句(形容節?)が碑文谷村にかかっているのか小字にかかっているのか直ちには分かりづらい表現かと思います。
> 開業時の駅名が碑文谷駅だったということを知っている人にはすぐ分かることなのでしょうが。
> なお、鷹番は東急バスと都営バスが共同で使用しているバス停の名称にもなっています。ちょうど三菱自動車とトヨタカローラの販売店が向かい合っている目黒通り沿いにあります。
>
> > 世田谷区東部から目黒区を経て品川区にかけての一帯は、東京市(現在の東京都区部の前身)に組み入れられる前は荏原郡に属しました
> 世田谷区東部~品川区だけでなく、大田区も荏原郡でした。
>
> > 現在の品川区西部にあった旧荏原区も郡名を採ったものであった
> もちろんさかのぼれば荏原郡に行きつくのでしょうが、直接的には旧荏原町(東京府荏原郡荏原町)を介して説明したほうが紛れがないと思います。荏原町が大東京に編入されたとき、荏原町の全域がそのまま荏原区になったのです。

荏原郡に大田区を含む部分は完全に当方の落ちでした(書いていたと思っていました)。訂正し
ました。なお、現・品川区の前身のひとつである旧荏原町についても、沿革を含め承知をしてい
るところですが、今回の主題はあくまで目黒区なので、くどくなるであろうとの判断から、省略
しています。ご理解願います。今後旧荏原町のフィールドワークを行った際には、より詳述した
いなと考えています。
 

Re: 思うこと

 投稿者:YSK  投稿日:2015年 9月23日(水)13時44分13秒
返信・引用
  > No.2080[元記事へ]

竹林の七愚さんへのお返事です。

こんにちは、メッセージありがとうございます。
お気遣いありがとうございます。
件の掲示板とは、グリグリさん主宰の「落書き帳」のことと推察しますが、
参加をしなくなったことは自発的な判断であり、過去にあったことは私の
中では既に「過去のこと」になっていまして、時間の経過もあって、私自
身もはや何も気にしていませんし、ましてや当時あの場でのやり取りにつ
いて、糾弾する気もありません。とはいえ、データベースとしては大変充
実していますし、展開される議論も興味深い内容を含みますので、時々拝
見しているといった状況です。

> YSKさんが2014年5月20日に投稿された「TO BE」「メッセージ」、
> 2014年8月1日に投稿された「雑感」は、その内容をつくづく拝見しても
> どこかしら奇異に感じます。
> その時点では何らかの必要性があったのでしょうが、それにしても、
> このBBSの閲覧者にとってはどうにも理解しづらい投稿です。

この点については、混乱を生じさせてしまい申し訳ありません。唯一つ
言えることは、「分かる人にはわかればいい」ということです。せっかく
お言葉をいただいた上に恐縮ですが、どうかお気になさらないでください。
 

2015.9.20にアップされた東京優景#40 東京リレーウォーク(25)を拝見して

 投稿者:竹林の七愚  投稿日:2015年 9月23日(水)05時32分30秒
返信・引用
  蛇崩川が暗渠化された蛇崩川緑道について取り上げておられ、写真も掲載されていました。
去年の夏、広島市北部で土石流が発生した大災害で、情報番組等においては、被災地の旧地名が蛇落地であったことから、その関連で蛇崩れなど同様の地名がある場所も要注意であることなどが指摘されていました。掲載された世田谷区内の写真では緩やかな川筋のように見受けられますので、ここでは蛇崩れという名を余り気にしなくてもよいのかもしれません。
なお、その描写の中に、「小規模な樹脂状の低地を形成」とありましたが、この樹脂状はおそらく樹枝状の誤変換と思います。

> 五本木は、かつての村名である上目黒村の字の一つ
目黒区公式サイト内の『目黒の地名 五本木(ごほんぎ)』
http://www.city.meguro.tokyo.jp/gyosei/shokai_rekishi/konnamachi/michi/chimei/chuo/gohongi.html
によりますと、「江戸時代の村には、組という小行政単位があって、… 明治22年まで続いた目黒六カ村の一つ上目黒村は、上知、宿山、石川、五本木という四つの組から成っていた。」とあります。
公式サイトに「組」とあるからといって、YSKさんが記した「字」が間違いというわけではないでしょう。おそらく、字という地域ごとに形成されていた小規模な行政単位が組だったのだろうと思います。

> 現在周辺の住居表示になっている五本木
上記の目黒区公式サイト内の『目黒の地名 五本木(ごほんぎ)』によりますと、「住居表示に関する法律による町名変更で、五本木一丁目・二丁目・三丁目となった。」とあります。
ここから先は用字・用語に著しくこだわった私好みの捉え方になって誠に恐縮でありますが、つまり、町名変更によって五本木という町名になったのであって、五本木という住居表示になったのではありません。
「住居表示に関する法律」(昭和37年法律第119号)の趣旨の中心部分は、従前の不動産登記に基づく地番によって住居の場所を表示するのでなく、街区符号(何番という部分)と住居番号(何号という部分)を制定し、それらを自治体内の町・字と組み合わせて表示しようというものです。
このあたりは、YSKさんに限らず、広く住居表示と呼んでしまう傾向が一般的にあることは私も十分承知しています。

> 鷹番も同様に字名が由来で、… 学芸大学駅の開設当時の駅名にもなっている碑文谷村の小字
「学芸大学駅の開設当時の駅名にもなっている」という形容句(形容節?)が碑文谷村にかかっているのか小字にかかっているのか直ちには分かりづらい表現かと思います。
開業時の駅名が碑文谷駅だったということを知っている人にはすぐ分かることなのでしょうが。
なお、鷹番は東急バスと都営バスが共同で使用しているバス停の名称にもなっています。ちょうど三菱自動車とトヨタカローラの販売店が向かい合っている目黒通り沿いにあります。

> 世田谷区東部から目黒区を経て品川区にかけての一帯は、東京市(現在の東京都区部の前身)に組み入れられる前は荏原郡に属しました
世田谷区東部~品川区だけでなく、大田区も荏原郡でした。

> 現在の品川区西部にあった旧荏原区も郡名を採ったものであった
もちろんさかのぼれば荏原郡に行きつくのでしょうが、直接的には旧荏原町(東京府荏原郡荏原町)を介して説明したほうが紛れがないと思います。荏原町が大東京に編入されたとき、荏原町の全域がそのまま荏原区になったのです。
 

思うこと

 投稿者:竹林の七愚  投稿日:2015年 9月18日(金)05時18分12秒
返信・引用
  YSKさんが2014年5月20日に投稿された「TO BE」「メッセージ」、
2014年8月1日に投稿された「雑感」は、その内容をつくづく拝見しても
どこかしら奇異に感じます。
その時点では何らかの必要性があったのでしょうが、それにしても、
このBBSの閲覧者にとってはどうにも理解しづらい投稿です。

このあたりが、かつてYSKさんが頻繁に訪れていたBBSを
去る遠因になったのではないかと推察します。
あのBBSではYSKさんは不在がちの管理人に代わって、
管理代行を一任されるほどの地位を確立しておられましたが、
不本意な形で去ることになったのでは?とお察しします。

あのBBSもかつてメインとしていた題材はほぼ枯渇し、
今やクイズページに化した感がします。
クイズ出題時には他のネタの書き込みを制限するような
キャンペーンが張られた時期があり、ハラスメントに近い形で
犠牲とされてしまったことを外野から見ていて納得しづらい
思いでおりました。

今ではあのBBSでは、クイズ出題時であろうと
他のネタも平然と書き込まれるようになっています。
常連の中でかなりの高齢者の方が意に介さず書き込んでおられ、
それで次第に許容されるようになり、ついには管理人自身も
構わず書き込むようになったのだろうと推測しています。

だからと言って、かつてクイズ出題時への書き込みが元で
邪険にした旧常連者の名誉回復を図ろうという雰囲気も
さらさらなさそうな気配で、そのことを情けなく思います。
 

尾島のねぷた

 投稿者:inakanomozart  投稿日:2015年 4月 6日(月)07時00分0秒
返信・引用
  4月5日の静岡まつりに太田市尾島のねぷたが登場しました。
静岡市は徳川家康公が生涯で最も長く居住したゆかりの地です。
家康公400年祭の今年、静岡まつりのフィナーレに「日本のまつり」と称して、
各地の徳川家ゆかりの地のまつりが招へいされました。
その一つが徳川家のルーツである尾島のねぷたというわけです。
当日はあいにくの雨天でしたが、勇壮なねぷたに多くの観客が魅了させられていました。
工業都市の太田市と隠居町(?)の静岡市では接点がないと思っていたのですが
合併によって思わぬ接点ができていたのもうれしく思いました。
 

47都道府県全訪問達成

 投稿者:YSK  投稿日:2014年12月29日(月)23時59分6秒
返信・引用
  28日より四国に入り、香川→徳島→高知と回って、現在は松山に滞在しています。
これにより、今年中に47都道府県すべてをまわることを達成できました。厳密に
言いますと、いくつかの県は通過しただけで訪問まで入っていないのですが、過去に
はすべて訪れた経験がありますので、合わせ技でということにしたいと思います。
1月の沖縄・先島訪問を皮切りに始まったこのチャレンジですが、時間的な制約など
からかなりのハードスケジュールとなった部分もあり、日本の広さと奥深さを改めて
実感することとなりました。
特に、今回やってきている四国本土は2002年以来の訪問となりました!未訪問の
場所も含めて駆け足でのフィールドワークとなりましたが、12年前と比べて大きく
変わった街並みも感じることができました。
明日はもう1日フィールドワークを実施し、年越しは地元で迎えたいと思います。
 

下関散歩

 投稿者:YSK  投稿日:2014年 9月15日(月)21時14分2秒
返信・引用
  先般の九州フィールドワークですが、北九州空港から帰路に就く前の時間を利用し、
関門海峡を介して北九州に相対する下関の街を歩いてきました。天候に恵まれたこの
日は、穏やかな海峡の景観も楽しめて、多くの歴史の舞台となった交通の要路にある
地域の今をたくさん感じました。
 

大分県フィールドワーク

 投稿者:YSK  投稿日:2014年 9月 7日(日)23時33分16秒
返信・引用
  本日は、朝7時半ころ延岡を出発し、大分県内をあちこち回り、現在は県北部の中心都市
である中津市に滞在しています。
明日は山口へ。

写真は竹田市の岡城跡。滝廉太郎が「荒城の月」を着想したとされる場所です。
 

初・延岡市

 投稿者:YSK  投稿日:2014年 9月 6日(土)23時52分46秒
返信・引用
  九州フィールドワーク2日目は、熊本をスタートし、八代、天草、出水などを経て、宮崎県
北部の中心都市・延岡まで到達しました。列車で通過したことはありますが、街並みを眺め
たのは初めてです。中心市街地には規模の大きいアーケードもあり、地方における中心性を
維持した都市の特質が見てとれます。企業城下町としての一面も見逃せませんね。

写真は熊本市街地で撮影した1枚です(市役所北側、電車通りを撮影)
 

13年ぶりの熊本

 投稿者:YSK  投稿日:2014年 9月 5日(金)23時19分1秒
返信・引用
  こんばんは。本日は早朝に羽田を発って長崎空港に入り、佐世保、有田、鹿島、久留米などを
歩いて、午後8時30分過ぎに熊本市内に入り投宿しています。フィールドワークの記録を見ます
と最近熊本を訪れたのはなんと2001年のようで、13年ぶりの訪問です。相変わらず繁華な市街地
に元気をもらっています。
明日は熊本市街地はあまり見ることなく他の場所を訪問予定なので、余力があれば朝の早いう
ちに市街地を概観できればと思っていますが、かなうでしょうか。
 

2009年フィールドワーク分地域文作成作業終了

 投稿者:YSK  投稿日:2014年 8月 4日(月)22時46分20秒
返信・引用
  3日の成田編リリースで、2009年に実施したフィールドワークの作品化が終わりました。
履歴を見てもおわかりのとおり、厳密に言いますと一部は作品化することはできませんでしたが、これは主に桜フィールドワークでその場でギャラリーとしてお送りすることができなかったことによるものです。
これからは、やっと2010年実施分の作業に入ります。
 

雑感

 投稿者:YSK  投稿日:2014年 8月 1日(金)22時28分39秒
返信・引用
  結婚しなーい。
こども、いらなーい。
 

ギャラリー更新

 投稿者:YSK  投稿日:2014年 6月19日(木)12時19分30秒
返信・引用
  先週の土曜日は、日帰りで尾瀬&奥日光へ出かけました。ギャラリーに日光・中禅寺湖畔のクリンソウの写真を掲載しましたので、是非ご覧ください。
 

メッセージ

 投稿者:YSK  投稿日:2014年 5月20日(火)23時35分18秒
返信・引用 編集済
  そういう行動がだめなの、分かって。
勇気を持って一歩を踏み出して。
 

TO BE

 投稿者:YSK  投稿日:2014年 5月20日(火)23時33分28秒
返信・引用
  一人ひとりが強くならなければ何も変わらない。そう強く思う日々。
どうか、逃げないで。
 

Re:^2  4年前の投稿に対し、今更ですが‥

 投稿者:竹林の七愚  投稿日:2014年 3月 2日(日)01時37分49秒
返信・引用
  > No.2063[元記事へ]

> 適切なアドバイスで、誤解を招く表現を正すことができました。

私が4年前にこのBBSを訪問していたとしたら、
ある旅人さんの思い違いを即座に是正できたのですが、
なかなかそうタイミングよくはいきません。

戦前の入間郡福岡村に出現した大規模事業所は、
一つが陸軍の火工廠であり、
あと一つが日本無線電信(株)の福岡受信所でした。

現・日本無線(株)(JRC)は、昭和30年代半ばに火工廠跡地に誘致を受けて
進出したものであって、ある旅人さんは何らかの思い違いをされていたのです。

戦前期にあった旧・日本無線電信(株)とは、今でいうPFIの先駆けとでも
言いますか、旧・逓信省が外国との無線通信を運営するために本来自力で
建設すべき設備を代わりに建設し運用するために設立された国策会社です。

昭和20年代後半に旧・国際電信電話(株)(旧・KDD)が設立された際、
福岡受信所も同社の施設に受け継がれました。
最盛期には54万平米もの敷地に無線アンテナ56基を張りめぐらし、
19の相手国との間に22回線を稼動させ、
ほかに放送局が利用するサービス用の回線も13回線が稼動していたのですが、
公団住宅の進出をきっかけとして急速な市街地化が進行したため、
無線業務に不適となり、昭和43年に福岡受信所はその任務を終えました。


少々、無線通信屋のくりごとが長くなりすぎましたので、このへんで退散いたします。
 

歴史を残して良い日本作り

 投稿者:村恵  投稿日:2014年 2月27日(木)07時36分3秒
返信・引用
  良い日本を残して未来へ繋ぎたい
できることしてね

http://www.asahi-net.or.jp/~xc2k-mrkm/

 

Re: 4年前の投稿に対し、今更ですが‥

 投稿者:YSK  投稿日:2014年 2月25日(火)21時16分6秒
返信・引用
  > No.2062[元記事へ]

竹林の七愚さんへのお返事です。

こんばんは、メッセージありがとうございます。
適切なアドバイスで、誤解を招く表現を正すことができました。
今後とも、Japan Regional Explorer をよろしくお願いいたします。

> > ある旅人さんへのお返事です。
> >
> > ご指摘ありがとうございます。ページ内容を見直し、(現:KDDI)の部分を
> > 削除させていただきました。
>
> YSKさんの元々の地域文における表現は決して間違いではありません。
> 1927年(昭和2年)に入間郡福岡村に進出した日本無線電信(株)は、
> 日本無線(株)(JRC)とは全く無関係の別会社です。
>
> 日本無線電信(株)は往々にして、単に日本無線と略称されていたことがあり、
> また、日本無線(株)(JRC)は、かつて、日本無線電信電話(株)という
> 正式社名を名乗っていた時期があるため、混同しやすくなるのです。
>
> ただ、YSKさんが現:KDDIという括弧書きを削除したのは結果オーライかも
> しれません。残っていたら、いささか奇異に感ずる向きもあるでしょう。
> 現:何々というと、何やら直系の子孫会社のように受け取れますが、
> 日本無線電信(株)と現在のKDDI(株)の場合、そんな関係はありません。
> まあ、強いて言えば、15年前まで存在した、旧・国際電信電話(株)(旧:KDD)
> であれば、日本無線電信(株)の流れを汲むという程度は言えたかもしれません。
>
> もっとご納得いただけるように詳しく書いたほうがよいかもしれませんが、
> これ以上書いていくと小論文のようになってしまいますので控えます。
 

4年前の投稿に対し、今更ですが‥

 投稿者:竹林の七愚  投稿日:2014年 2月19日(水)01時10分50秒
返信・引用
  > No.1960[元記事へ]

> ある旅人さんへのお返事です。
>
> ご指摘ありがとうございます。ページ内容を見直し、(現:KDDI)の部分を
> 削除させていただきました。

YSKさんの元々の地域文における表現は決して間違いではありません。
1927年(昭和2年)に入間郡福岡村に進出した日本無線電信(株)は、
日本無線(株)(JRC)とは全く無関係の別会社です。

日本無線電信(株)は往々にして、単に日本無線と略称されていたことがあり、
また、日本無線(株)(JRC)は、かつて、日本無線電信電話(株)という
正式社名を名乗っていた時期があるため、混同しやすくなるのです。

ただ、YSKさんが現:KDDIという括弧書きを削除したのは結果オーライかも
しれません。残っていたら、いささか奇異に感ずる向きもあるでしょう。
現:何々というと、何やら直系の子孫会社のように受け取れますが、
日本無線電信(株)と現在のKDDI(株)の場合、そんな関係はありません。
まあ、強いて言えば、15年前まで存在した、旧・国際電信電話(株)(旧:KDD)
であれば、日本無線電信(株)の流れを汲むという程度は言えたかもしれません。

もっとご納得いただけるように詳しく書いたほうがよいかもしれませんが、
これ以上書いていくと小論文のようになってしまいますので控えます。
 

立て続けの大雪

 投稿者:YSK  投稿日:2014年 2月14日(金)20時52分21秒
返信・引用 編集済
  関東地方は、二週続けての大雪となっております。
太平洋沿岸は南岸低気圧の影響を受けるこれからが雪の季節なので、降雪自体は
珍しいことではないのですが、近年はここまでの雪はありませんでしたから、
生活のリズムがかなり乱れてしまいますね。

掲出の写真は、昨年の2月17日に南房総で撮影したストックです。雪の中花畑の
風景というのも、もしかしたら見ることができているのかもしれませんね。農家
の方の御苦労もしのばれます。

春立ちて 舞ふ雪はなほ 降りやまず
 

中秋の名月

 投稿者:YSK  投稿日:2013年 9月20日(金)08時10分47秒
返信・引用
  昨晩19日は中秋の名月でした。雲ひとつない、屈託のない満月の夜でしたね。
中秋の名月の日が満月であることは実は珍しいようで、次は7~8年先なのだとか。

陽気も最近はさわやかになって、ますます秋めいていきそうです。
 

北海道の空

 投稿者:YSK  投稿日:2013年 8月28日(水)00時08分59秒
返信・引用
  1年ぶりに北海道フィールドワークに出かけました。天候がやや不順でしたが、ほぼ目的を
達成できたかなと思います。主な目的は北海道の地方拠点都市の街並みを観ること。それと
自然との対比を何となく念頭に置いて、気になる場所をめぐってまいりました。
今回のフィールドワークのキーワードは「空」になりそうな予感がしています。
道東からの帰路、道東道を西しながら夕暮れを迎えましたが、その時の周囲の山々黒と、空
のオレンジとのコントラストが大変美しくて、このどこまでもクリアでよどみのないすがす
がしい空が、この大地の色彩の根底にあると感じずにはいられませんでしたね。
話は飛びますが、羽田から地元に帰る際、東京モノレールからの車窓を眺めるのも好きなの
ですが、そこにあったのも、からっとした、爽快な、大空なんですよね。時代や土地の姿が
どんなに移り変わろうとも、空は必ずそこに凛としてあって、この星のあるべき姿を示して
くれているようにも感じられたのでした。

写真その1:釧路市米町公園の空
写真その2:標茶町・コッタロ湿原展望台の空
写真その3:札幌市・藻岩山から眺望する夜景
いずれも(2013.8.26撮影)です。
 

桜ストーリーズ2013・その7

 投稿者:YSK  投稿日:2013年 4月 9日(火)22時12分19秒
返信・引用
  再び夜の帳が下りた隅田公園へ。桜の時期の特別ライトアップ中のスカイツリー
もからめながら、夜の桜を撮影しました。
屋形船も多く運行されおり、春まっただ中のこのひとときを、精一杯楽しもうと、
昼間と同じくらいの多くの花見客が訪れていました。
 

桜ストーリーズ2013・その6

 投稿者:YSK  投稿日:2013年 4月 8日(月)23時48分22秒
返信・引用
  横浜から再び都内へ戻り、夕闇迫る東京ミッドタウンの桜を眺めました。
ミッドタウンは桜の季節やイルミネーションの時期などにしばしば訪れておりますが、
年々都市の風景として成熟しているように感じられ、周囲のビル群とのコントラストが
現代の東京をこれ以上ない豊かなシルエットへと昇華させているように思います。
 

桜ストーリーズ2013・その5

 投稿者:YSK  投稿日:2013年 4月 8日(月)00時45分17秒
返信・引用
  隅田川の桜を観た後は、都営浅草線、京急線、根岸線を乗り継ぎ、横浜市本牧
エリアにある「三溪園」を訪れました。四季折々の美しさを見せる園内には、
桜も多く配されて、のびやかな春の風景が展開します。

園内のほか、三溪園に近い本牧通りや三溪園に通ずる通りもソメイヨシノの並
木となっておりまして、さながら桜のトンネルのような景観を呈していました。
 

桜ストーリーズ2013・その4

 投稿者:YSK  投稿日:2013年 4月 5日(金)23時41分49秒
返信・引用
  江東区から隅田公園へと移動し、隅田川沿いの桜を撮影しました。
♪春のうららの隅田川
でおなじみの隅田公園の桜も、満開を迎えていました。
この日は朝のうちは青空だったのですが、徐々に雲が増えて、鈍
色の空のもととなってしまいました。しかしながら隅田川沿いの
桜は今も昔も変わらぬ情趣を醸していると思います。

現代はスカイツリーも間近に加わって、さらに多様な景観を楽し
むことができるようになりましたね。

隅田公園は、夜の様子も撮影していますので、後ほどご紹介した
いと思います。
 

桜ストーリーズ2013・その3

 投稿者:YSK  投稿日:2013年 4月 4日(木)23時58分59秒
返信・引用
  引き続き、3月23日に訪れた桜をご案内いたします。

江東区は江戸期に埋め立てが進められた新開地で、水運のため多くの運河が開削され
現代に受け継がれています。ご紹介する桜は、そんな運河の一つ、仙台堀川を親水公
園として再整備した仙台堀川公園のものです。全長約3.7キロメートルの公園で、
その名は沿岸に仙台藩伊達氏の蔵屋敷があったことに由来するのだそうです。

住宅地の中のみずみずしい桜色もまた、心落ち着かせる魅力があります。
 

桜ストーリーズ2013・その2

 投稿者:YSK  投稿日:2013年 4月 3日(水)22時41分55秒
返信・引用
  続いてのご紹介は、江戸川区小松川の「小松川千本桜」のようすです。
荒川と旧中川の間、大きな広場に面して、荒川の堤防にたおやかな桜並木が展開
しています。
満開だった都心とは違い、この日(3月23日)は5分咲きでしたが、広い青空
に恵まれた郊外の住宅地に寄り添うように、爽快な桜色を輝かせているように感
じられましたね。
 

桜ストーリーズ2013

 投稿者:YSK  投稿日:2013年 4月 2日(火)22時57分22秒
返信・引用
  今年も桜にまつわるフィールドワークを実施しています。ホームページに
掲載するのが少し手間なので、少しずつこの場でご紹介したいと思います。

最初に、3月23日撮影の千鳥ヶ淵緑道の桜の様子です。確か前日に満開を
迎えていた東京の、随一の桜の名所です。朝早くでしたが既に多くの花見
客が訪れていました。
 

Re: 新宿御苑

 投稿者:YSK  投稿日:2013年 4月 1日(月)21時34分41秒
返信・引用
  > No.2050[元記事へ]

inakanomozartさんへのお返事です。

メッセージありがとうざいます。返信が遅くなり大変申し訳ありませんでした。


> >ギャラリーに更新しましたとおり・・・・
>
> ハクモクレンの写真、拝見しました。
> 実は、YSKさんがいらっしゃった1週間前に私も新宿御苑へ行ったのでした。
> 巨木に咲くハクモクレンの見事さが印象に残っていたので、ギャラリーの写真で
> あらためてその美しさが認識できました。
>
> 写真は旧御涼亭(昭和天皇が御成婚の際、台湾から贈られたものとか)からの
> カンザクラとタギョウショウ(多行松)です。
> ちょうどカンザクラが満開でした。
> また枝が根本から分かれたブロッコリー型の松、タギョウショウはちょっと珍しいですね。
> 剪定に鋏が使えないため剪定がとても大変だということです。

新宿御苑は大変広くて見どころもたくさんあって、つい時間を忘れてしまいそうに
なりますね。私はハクモクレンの咲く頃と桜の季節が特に好きで、時間が取れれば
訪れています。
この日は向島百花園も訪れました。スカイツリーが借景となる下町の憩いの庭とい
った風情でしたね。
 

新宿御苑

 投稿者:inakanomozart  投稿日:2013年 3月21日(木)22時00分6秒
返信・引用 編集済
  >ギャラリーに更新しましたとおり・・・・

ハクモクレンの写真、拝見しました。
実は、YSKさんがいらっしゃった1週間前に私も新宿御苑へ行ったのでした。
巨木に咲くハクモクレンの見事さが印象に残っていたので、ギャラリーの写真で
あらためてその美しさが認識できました。

写真は旧御涼亭(昭和天皇が御成婚の際、台湾から贈られたものとか)からの
カンザクラとタギョウショウ(多行松)です。
ちょうどカンザクラが満開でした。
また枝が根本から分かれたブロッコリー型の松、タギョウショウはちょっと珍しいですね。
剪定に鋏が使えないため剪定がとても大変だということです。
 

ソメイヨシノ開花

 投稿者:YSK  投稿日:2013年 3月19日(火)22時36分9秒
返信・引用
  本日、当地の桜の名所八瀬川畔のソメイヨシノの開花を確認しました。
今日は本当に初夏の陽気で、最高気温は約27度に達したようです。

この暖かさに誘われ、ほんの数輪ですが、淡い桜色が枝気に可憐な姿を
見せていました。

下の写真のように全体にはまだまだ開花を実感できる状態ではありませ
んが、いよいよ春本番に突入しているようです。
 

Re: サクラが咲き始めました。

 投稿者:YSK  投稿日:2013年 3月19日(火)00時18分1秒
返信・引用
  > No.2046[元記事へ]

inakanomozartさんへのお返事です。

掲示板へのご投稿ありがとうございます。

> 比較的温暖な当地ですが、雪こそ降りませんが例年になく寒い冬でした。
> それでも例年並みにサクラが咲き始めたようです。

当方も、先ほどギャラリーに更新しましたとおり、東京の開花をこの目で
確認してまいりました。月曜の昼に当地の桜の名所である八瀬川沿いを歩
いて見た限りでは、こちらでは開花はまだのようでしたが、つぼみもけっ
こう膨らんできて、いまにも開かんばかりに先端を桜色に染めたものも認
められました。
 

2013.3.11仙台

 投稿者:YSK  投稿日:2013年 3月19日(火)00時14分39秒
返信・引用
  2013年に入りましたが、時間が許す限りフィールドワークは続けております。

今月11日、震災から2年を迎えた仙台に出かけてきました。写真は震災の発生
した時刻前後に、青葉城址公園から撮影した市街地と太平洋方向の俯瞰です。

再開発が進む市街地(写真中央、広瀬川に架かる仲の瀬橋と大橋の間に、建設
が進む地下鉄東西線の橋梁が見えます)と、津波の爪痕が依然として残る沿岸
部を見て、一刻も早い沿岸部の田園風景の復活を願わずにはいられませんでし
た。あの広大な水田が広がる景観があってこその仙台だと思います。

これからもなるべく多く仙台を歩いて、変化を見つめていければと思います。
 

サクラが咲き始めました。

 投稿者:inakanomozart  投稿日:2013年 3月18日(月)07時50分35秒
返信・引用
  比較的温暖な当地ですが、雪こそ降りませんが例年になく寒い冬でした。
それでも例年並みにサクラが咲き始めたようです。

↓ 駿府城址のシダレザクラです。

http://blog.goo.ne.jp/aoikunoaoikun

 

大雪・どんと祭

 投稿者:YSK  投稿日:2013年 1月15日(火)00時07分43秒
返信・引用
  本当に本当に久しぶりの投稿となりました。
本日は関東や東北の太平洋側で大雪となったようです。当地では午後3時過ぎから
雨に変わったためまとまった積雪にはならなかったのですが、仙台では猛吹雪の中、
小正月の恒例行事「どんと祭」が行われたようですね。

拙ページでも「どんと祭」を取り上げています。

シリーズ・クローズアップ仙台
#16 「どんと祭」を訪ねて ~仙台地方に息づく伝統行事を見つめる~
http://www.chiikibun.com/sendai/16-dontosai/dontosai.html

裸参りには本当につらい天候になってしまった本年ですが、ご自愛くださいますよう
お祈りしております。
 

仙台の時代劇マンガ誕生

 投稿者:阿部メール  投稿日:2012年 2月22日(水)21時25分20秒
返信・引用
  幕末の仙台藩を舞台にしたマンガ
「オレとシロバカ」をホームページで連載中です。
仙台四郎、星恂太郎、細谷十太夫など実在の人物が
登場します。http://ampiyampi.web.fc2.com/index.htm
 

仙台の時代劇マンガ

 投稿者:阿部メール  投稿日:2012年 2月22日(水)21時21分37秒
返信・引用
  幕末の仙台を描くマンガをホームページに連載中です。是非お立ち寄りください。
仙台四郎、桜田良佐など実在の人物が登場します。
 

桜企画展について

 投稿者:YSK  投稿日:2011年 4月27日(水)07時58分17秒
返信・引用
  前回の書き込みよりかなりの時間が経過してしまいました。震災の影響は今なおたいへん
深刻な様相を呈しており、予断を許さない状況です。一刻も早い被害の終息と、復興を祈
らずにはいられません。
一方、当方は業務上週末が忙しい状況がここのところ続いていることもあり、例年続けて
まいりました、桜企画展に関連した取材活動がほとんどできておりません。北日本で以前
に撮影した写真をベースにページを作成することも検討しておりますが、上記多忙や疲労
に伴い時間が取れず、実行できるかどうかは分かりません。通常の地域文の更新作業もま
すます滞ってしまっています。
以上、ご報告まで申し上げます。
 

Remember US! 地域へちからを(1)

 投稿者:YSK  投稿日:2011年 3月13日(日)23時33分27秒
返信・引用
  地域の美しさ、素晴らしさをご紹介し、地域を応援してまいります。

まずは、下記リンクをご参照ください。
シリーズ・クローズアップ仙台
#57 荒浜界隈 ~貞山堀と砂浜のある地域~
http://www.chiikibun.com/sendai/57-arahama/arahama.html

2007年9月15日、仙台市若林区荒浜をフィールドワークした記録です。荒浜は、
深沼海岸と呼ばれる、仙台市でも唯一の海水浴場があって、緑鮮やかな松林が
続く環境のもとたたずむ静かな海岸の集落です。集落を潤す貞山堀の穏やかな
流れも、地域のつつましやかな雰囲気を感じさせていました。

遥か彼方に仙台の高層ビル群を望み、仙台東部道路を経て、美しい田園風景の
広がる茫漠たる低地を挟んで立地する、小ぢんまりとした集落。緑と水と、悠
久の大地に育まれた、歴史のある街並み・・・。つい何日か前には、確かにそ
こにありました。深い悲しみに言葉を失っています・・・。

一刻も早い復興と、関係する皆様のご安寧を祈らずにはいられません。

ホームページで掲載している以外の写真より、いくつかご紹介します。

1枚目:深沼海水浴場入口 ここへは仙台市交通局からの市バスのバス停
があります。
2枚目:バス通りの街並み 昔ながらの集落のたたずまいがうかがえます
3枚目:貞山堀と両側の家並み 堀の両側に穏やかな家並みがつづいてい
ます。
 

このたびの地震について

 投稿者:YSK  投稿日:2011年 3月13日(日)22時01分10秒
返信・引用 編集済
  こんばんは、このたびの地震におきましては、各地で甚大な被害が報告されて
おります。犠牲になられた皆様に対し心よりお悔やみ申し上げますとともに、
被災された皆様に対し、心よりお見舞い申し上げます。

当方が居住する群馬県内の被害については、既に多くの報道で明らかになって
おりますとおり、比較的軽微な状況にとどまっております。自宅はまったく被
害はありませんでした。しかしながら、東北地方沿岸地域を中心とした被災状
況はまさに凄まじいとしか言いようのないですね。学生時代を過ごした仙台の
惨状や、美しい海岸の町々が津波になすすべなく押し流された映像を見ますと、
ただただ悔しく、そして自然の猛威の大きさに絶句するほかありません。

現在はそういった状況で心の整理ができていない面もあるのですが、地域を第
一にご紹介てきた当サイトでも、そういった地域のすばらしさを伝える等の取
り組みをできればと考えています。

明日からは当地でも計画停電が実施される見込みのようです。それによりホーム
ページの更新作業にも影響が考えられます。ご了承をお願い申し上げます。
 

ご無事でしょうか。

 投稿者:faith  投稿日:2011年 3月12日(土)23時16分19秒
返信・引用
  東日本の大惨事の様子に心が痛みます。
YSKさんや周囲の方々はご無事でしょうか。
 

イントロダクションクイズからのお知らせ

 投稿者:YSK  投稿日:2011年 2月22日(火)00時12分43秒
返信・引用
  4枚の写真から撮影地の市名を推理する「イントロダクションクイズ」ですが、昨年
11~12月に訪問して出題した以下の3市分については引き続き回答を募集中です。

本年も多くの地域を歩き、このクイズも更新していこうと思っておりますので、よろし
くお願いいたします。

イントロダクションクイズ#232
http://www.chiikibun.com/intro/232/shi232.html
イントロダクションクイズ#233
http://www.chiikibun.com/intro/233/shi233.html
イントロダクションクイズ#234
http://www.chiikibun.com/intro/234/shi234.html
 

ギャラリー更新/羽根木公園の梅

 投稿者:YSK  投稿日:2011年 2月22日(火)00時01分35秒
返信・引用
  こんばんは、最近は雪が降ったり、春らしい陽気となったり、天気が日ごとに移り
変わるようになりました。徐々に春本番が近付いてきているということでしょうか。

さて、年が変わってからは、寒い気候のためなかなか出かけていませんでしたが、
今月に入り少しずつフィールドワークを実施しています。その途中で見つけた「春」
をギャラリーにて更新しましたのでお知らせいたします。世田谷区は羽根木公園の
梅です。撮影は今月5日でしたので、まだまだ梅はまばらでした。21日現在でブログ
等を検索してみますと、現在でも満開までには至っていない様子です。これから見
ごろを迎える羽根木公園に、お出かけになってみてはいかがでしょうか?

J.R.E. Gallery
http://www.chiikibun.com/gallery/gallery.html
 

東京優景更新/西新井・千住

 投稿者:YSK  投稿日:2011年 2月21日(月)21時11分5秒
返信・引用
  2008年10月13日実施分のフィールドワークの結果を地域文として更新していますので
お知らせいたします。東武伊勢崎線・竹ノ塚駅から西新井大師を経て北千住、南千住
までの行程です。取材の過程で、北千住から西新井まで続いていた「大師道」の存在
が無視できなくなり、2011年2月5日に再取材した結果も掲載しています。古くより多
くの参詣者を集めた地域と、一大市街地として存立してきた町場の姿をご覧ください。

東京優景
東京リレーウォーク(12) ~西新井地域 歴史ある参詣道を行く~
http://www.chiikibun.com/tokyoyukei/20-nishiarai/nishiarai.html
東京リレーウォーク(13) ~千住宿を歩く 北の一大ターミナル~
http://www.chiikibun.com/tokyoyukei/21-senju/senju.html
 

ギャラリー更新/SENDAI光のページェント

 投稿者:YSK  投稿日:2011年 2月 5日(土)00時44分30秒
返信・引用
  昨年12月に開催された「SENDAI光のページェント」では、雪の中のきれいな
写真が撮れましたので、イベント自体は終了してしまったのですが、ギャラ
リーページに更新しました。

J.R.E.Gallery
http://www.chiikibun.com/gallery/gallery.html

ホワイトクリスマスとなった仙台の様子をぜひご覧ください。
 

タイトルロゴ更新/春風に誘われてVer.

 投稿者:YSK  投稿日:2011年 2月 4日(金)23時07分9秒
返信・引用
  さらに、先ほどトップページのタイトルロゴも更新しましたのでお知らせいたします。

京都市・仁和寺の御室桜をモチーフに、春風に誘われて出かけよう!という雰囲気を
表現しています。同時に背景イラストも桜に変更しました。

掲示板の背景は、まだまだ寒い日々が続きますので、もうしばらく雪の結晶にしてお
こうかと思っています。
 

東京優景更新/葛飾と足立

 投稿者:YSK  投稿日:2011年 2月 4日(金)23時04分1秒
返信・引用
  続きまして更新情報です。2008年10月4日に実施した、「東京リレーウォーク」金町~
水元~花畑分のページを、地域文シリーズ「東京優景」内に更新しました。かつての
大河川乱流地帯に存立してきた地域を基礎にする、葛飾区から足立区にかけての穏や
かな地域をめぐります。

東京優景
東京リレーウォーク(10) ~金町から水元へ 河川と田園の面影を歩く~
http://www.chiikibun.com/tokyoyukei/18-mizumoto/mizumoto.html
東京リレーウォーク(11) ~花畑界隈 穏やかな水辺の散歩道~
http://www.chiikibun.com/tokyoyukei/19-hanahata/hanahata.html

現代の東京では希少となった、水辺ののびやかな田園風景の風情を残す地域の
姿をぜひご覧ください。
 

Re: ご無沙汰しております。

 投稿者:YSK  投稿日:2011年 2月 4日(金)22時57分37秒
返信・引用
  > No.2031[元記事へ]

faithさんへのお返事です。

お返事が遅くなりまして、大変申し訳ありませんでした。
仙台の写真へのメッセージ、ありがとうございます。仙台へは毎年光のページェントの
時期に行っているのですが、今年は太平洋側の仙台でも日本海側からスピルオーバーし
てくるタイプの降雪が多いようで、たまたま「ホワイトクリスマス」に遭遇することが
できました。

とはいえ、観測史上最高レベルの降雪で、多くの地域で被害が出ている現状は、雪にほ
とんど縁のない当地に暮らしていますと本当に申し訳ない気持ちになりますね。

本年もなるべく多くの地域をフィールドワークしながら、多様な地域の姿をご紹介して
いければと思っておりますので、よろしくお願いいたします。
 

ご無沙汰しております。

 投稿者:faith  投稿日:2011年 1月23日(日)20時38分25秒
返信・引用
  都道府県市区町村でお世話になったfaith です。
仙台の写真、本当に綺麗ですね。
今年は例年になく雪が多そうですが、仕事などでなかなか冬の旅行もままなりません。ニュースで報道される、雪国の様子を見て欲求不満を解消している状況です。(こんなことを書くいていると雪で苦労されている当地の方々に怒られそうですが…)
またよろしくお願いします。

 

東京優景更新/木場・小岩・柴又

 投稿者:YSK  投稿日:2011年 1月11日(火)23時00分56秒
返信・引用
  地域文の更新情報です。2008年9月27日に実施した東京フィールドワークのうち、
木場から小岩、柴又にかけてのエリアをまとめた「東京優景」16・17を更新
しました。

東京優景
(16)東京リレーウォーク(8) ~木場を歩く 江戸と東京のフロンティア~
http://www.chiikibun.com/tokyoyukei/16-kiba/kiba.html
(17)東京リレーウォーク(9) ~小岩から柴又へ 地域をプロファイルする~
http://www.chiikibun.com/tokyoyukei/17-shibamata/shibamata.html

河川の下流域における農村地域から大都市圏化に伴って急激な変化を遂げた地域の
姿をテーマにまとめています。ぜひ、ご覧ください。
 

2011年スタート

 投稿者:YSK  投稿日:2011年 1月 4日(火)22時16分42秒
返信・引用
  改めまして、あけましておめでとうございます。
年末年始は大掃除に始まり新年の準備、新年会対応、その後体調を崩してしまい、
なかなか新年関連のページ更新作業を進めることができませんでした。お返事も
遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。とりあえずトップページは新年仕
様に変更しましたが、更新履歴ページのメンテナンスがまだ済んでおりません・・・。

本年もできる限り多くの地域をめぐってまいりますとともに、遅々として(反省)
進まない地域文の編集作業を進めていこうと思っております。

本年もよろしくお願いいたします。
 

Re: 謹賀新年

 投稿者:YSK  投稿日:2011年 1月 4日(火)22時12分2秒
返信・引用
  > No.2027[元記事へ]

Hitoshさんへのお返事です。

新年のメッセージ、ありがとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

貴ページの仙台部分を興味深く拝見いたしました。仙台は比較的城下町時代の町割りが良く残って
いますから、奥州街道筋のみならず、さまざまな町丁をご覧になると、仙台の町の広がりや歴史が
分かると思われますね。

> 明けましておめでとうございます。
> 旧年中は、いろいろとありがとうございました。
>
> 私も、昨年は旧奥州街道は仙台・芭蕉の辻まで踏破完了しました。
> 今年は、終点の三厩目指して、少しずつ歩いていこうと思っております。
>
> では、また本年もよろしくお願い致します。
 

謹賀新年

 投稿者:Hitosh  投稿日:2011年 1月 2日(日)10時52分35秒
返信・引用
  明けましておめでとうございます。
旧年中は、いろいろとありがとうございました。

私も、昨年は旧奥州街道は仙台・芭蕉の辻まで踏破完了しました。
今年は、終点の三厩目指して、少しずつ歩いていこうと思っております。

では、また本年もよろしくお願い致します。

http://hitosh.cocolog-nifty.com/blog/

 

2010年ラスト

 投稿者:YSK  投稿日:2010年12月25日(土)22時42分30秒
返信・引用
  雪の舞う仙台でフィールドワークを行っています。仙台は太平洋側の気候で、冬は
晴れる日が多いのですが、脊梁山脈が関東辺りに比べて相対的に標高が低いため、
時折雪雲が山脈を越えて仙台平野に流れ込み、まとまった降雪になることがありま
す。なお、仙台辺りでは晴れていても雪が風花のように舞っていることも多いです
ね。
ということで、今回の仙台は、強力な寒気に伴う雪で、気温も0度近くの極寒の気候
となりましたが、雪の仙台はめったに経験できないので、できる限り回ってきました。
5時30分に点灯された光のページェントも、普段と違い、雪をまとったケヤキ並木の
下でしたので、輝きも一段と美しかったですね。人生で初のホワイトクリスマスを
過ごすことができました。
 

東京優景更新/両国

 投稿者:YSK  投稿日:2010年12月13日(月)07時56分12秒
返信・引用
  この週末は比較的穏やかな日和でしたが、年末の大掃除用の買い物等に充て、
フィールドワークは実施しておりません。掃除等の基本的なルーチン作業のみ
行っております。

さて、アナウンスしておりました両国関連ですが、日曜日にページを更新しま
した。両国駅周辺から南下し、深川エリアをかすめる辺りまでをまとめていま
す。ぜひご覧ください。次回更新は木場エリアとなります。

東京優景
#15 東京リレーウォーク(7) ~両国界隈、江戸拡大の最前線を行く~
http://www.chiikibun.com/tokyoyukei/15-ryogoku/ryogoku.html
 

両国執筆中

 投稿者:YSK  投稿日:2010年12月 6日(月)23時18分22秒
返信・引用
  先週リリースされたDREAMS COME TRUEのアルバムLOVE CENTRALを聴きながら、今週からは「東京リレーウォーク」の一環として実施した2008年9月27日の両国~木場~柴又のフィールドワークの文章を執筆する作業に入りました。撮影した写真や撮影した現地の表示板をざっとチェックしながら構想を練り、地域の情報収集を行って徐々に形にしていきます。両国、木場、柴又で各1ページの更新となりそうです。

両国橋ができる画期は明暦の大火だそうで、防衛上から千住大橋以外に隅田川には橋がなく、逃げ場を失った人々が焼死する事態となった。そのことから両国橋を架橋して避難路を確保するとともに火除地を設け、これが広小路となり江戸隋一の盛り場へと成長した。
橋は隅田川以東への市街地拡大も促し、江戸の市街地は本所や深川方面へ拡大した。こう考えると、両国橋の完成は防衛を重視した中世的な構造を残す都市が、集住を重視した都市的な構造へと変化する契機となったということでしょうか。近代以降も総武線のターミナルとして重要な位置を占めた両国は、東京東郊の都市化に大きな影響を与えてきた地域の一つであると言えるわけで、そんな地域性をキーにして文章を編んで行こうかなと考えています 
 

クイズ更新

 投稿者:YSK  投稿日:2010年12月 5日(日)21時10分45秒
返信・引用
  こんばんは、よい天気に恵まれた土曜日、プチフィールドワークを行いました。
前日までの大風や雨で多くの木々が落葉し、紅葉の季節も再終盤を迎えていますね。

例によって訪問先より「イントロダクションクイズ」を更新しましたので、チェック
してみてください。

イントロダクションクイズ#234
http://www.chiikibun.com/intro/234/shi234.html

穏やかな水路と雑木林の景観が美しい環境に大変好感を持ちました。
 

イントロダクションクイズ正答&出題

 投稿者:YSK  投稿日:2010年11月30日(火)01時20分13秒
返信・引用
  さらに更新のお知らせです。

イントロダクションクイズについて、ぺとぺとさんにご回答いただきました分の
正答ページをアップいたしました。

#230「横須賀市」
http://www.chiikibun.com/intro/230/ans_shi230.html
#231「狛江市」
http://www.chiikibun.com/intro/231/ans_shi231.html

併せて新期出題も更新しました。紅葉が美しい寺院と用水路が解法の鍵となりそう
です。

#233
http://www.chiikibun.com/intro/233/shi233.html

#232と併せてチェックしてみてください。



 

ギャラリー更新、仙台市内

 投稿者:YSK  投稿日:2010年11月30日(火)01時09分45秒
返信・引用
  引き続きましてギャラリー更新のお知らせです。

11月21日撮影の、仙台市街地の紅葉・黄葉を撮影しました。掲載されている
宮城野区銀杏町の「苦竹のイチョウ」は国指定の天然記念物で、樹齢は推定およ
そ1200年、樹高32メートル、幹回り8メートルという大木です。幹から気
根が乳房のように垂れている様子から「乳銀杏」とも呼ばれています。もともと
イチョウのあるエリアも原町苦竹の一部でしたが、このイチョウに因み、銀杏町
という住居表示が実施され現在に至っております。

J.R.E. Gallery
http://www.chiikibun.com/gallery/gallery.html
 

新地域文「北九州プロムナード」掲載

 投稿者:YSK  投稿日:2010年11月30日(火)01時03分44秒
返信・引用
  前回仙台の地域文を更新したのが9月で、やっとのこと北九州エリアの訪問記録を
形にすることができました。題して「北九州プロムナード」です。門司、小倉、
柳川、秋月の4地域をざっと歩いた時の所感を中心にまとめています。ざっと歩いた
だけなので大した内容にはなっていませんが、それゆえに更新に手間取ってしまった
きらいがあります。

北九州プロムナード
http://www.chiikibun.com/kitakyushu/kitakyushu.html

掲示板でも何度か言及していますが、ここ数年は仕事と家事の両立が忙しく、体力的
にも精神的にも疲労がたまっており、ページの更新作業も皆様へのフォローもなかな
かできていないことを本当にお詫びいたします。掲示板へのメッセージはすべて読ん
でおりますので、これからもご意見などいただけますと幸いです。
 

仙台フィールドワーク

 投稿者:YSK  投稿日:2010年11月24日(水)23時57分29秒
返信・引用
  11月20日と21日は、今年初めての仙台フィールドワークを実施しました。20日に
某アーティストの仙台公演がありましたので、これに合わせての仙台まち歩きで
した。21日はとてもよい天気で、夕刻訪れた青葉城址からは穏やかに仙台市街地
を眺めることができました。旧東北学院跡地に竣工した「仙台トラストシティ」
(1枚目写真右端)がアエルを抜き、仙台一(東北一)の高層建築物として、新
たに仙台のランドマークに加わりました。ここ10年間の仙台市街地の高層化には
目を見張るものがあり、青葉城から眺める仙台の街並みもかなり変わってきまし
た。
2枚目の写真は色づく西公園を中心とした眺め、3枚目は定禅寺通の風景です。
 

Re: イントロダクションクイズ#230,231の解答

 投稿者:YSK  投稿日:2010年11月24日(水)23時40分29秒
返信・引用
  > No.2016[元記事へ]

ぺとぺとさんへのお返事です。

メッセージありがとうございます。

> こんばんは。久々にイントロダクションクイズに挑戦してみようと思います。
>
> #230 県内で3番目に市制施行した、サテン地に刺繍いっぱいのジャンパーの生誕地ですね。
>
> #231 岸辺のアルバム。小学校の社会科の教科書に掲載されていた「川に流される住宅」の写真はいまでも鮮明に覚えています。余談ですが、私の実弟がこの市に居を構えております。

両問とも正解です。#231市の出題は特徴を出すのが難しくて困りましたが、
正答を出していただきありがとうございました。南を流れる川の様子など写真に
加えられれば良かったのですが、そちら方面へは行きませんでした(写真掲載の
旧流路をたどり北進してしまったため)。
#232市も#231市とそう遠くない場所ですので、よろしければご回答をい
ただけますようよろしくお願いいたします。

※正答ページの更新はもう少しお待ちください。
 

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